外交文書公開:文革時、台湾が「毛沢東勝利望む」と伝達

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20070830k0000m010141000c.html

 中国全土で文化大革命の嵐が吹き荒れていた1967年当時、中国指導部内の権力闘争で毛沢東国家主席劉少奇国家主席に勝つ方が望ましいとの見解を、台湾の厳家淦(げんかかん)副総統が佐藤栄作首相に伝えていたことが30日公開の外交文書で明らかになった。ソ連と激しく対立していた毛氏が敗れれば、中ソは接近することになり、日米など西側陣営に「危険」との認識だった。国共内戦で毛氏に敗れ、大陸を追われた蒋介石総統の台湾当局が、皮肉にも毛氏の「勝利」を望んでいた状況が分かった。

 会談内容は40年間、外務省内で「極秘」扱いにされてきた。

 日米など西側の大半は当時、中華民国(台湾)を中国の唯一の正統政府とみなし、大陸にある中華人民共和国政府を承認していなかった。

 文書によると、会談は佐藤首相が訪韓中の67年7月2日朝、ソウルで約20分間行われた。佐藤首相が中国大陸の情勢をたずねたのに対し、厳副総統は共産党内の下部や地方では劉主席派の「力が強い」と語ったうえ、「世間には劉(少奇)が毛(沢東)に取って代わることが自由主義世界にとって有利との見方があるが、むしろ劉が勝つことにより中共中国共産党)がソ連と連合し、かえって危険とみるべきだ」と危機感を示した

 さらに、毛氏が劉氏を粛清しない理由を「劉が殉教者となり、反毛派が逆に団結することを恐れている」ためと分析した。当時は毛氏の勢力が増し、日本でも劉氏の失脚が盛んに報道されていた。劉氏は68年10月、党を除名された。

 台湾は当時、米国を後ろ盾に「大陸反攻」(武力による大陸部の奪還・統治)の機会をうかがっていた。厳副総統が佐藤首相に明らかにした認識は、毛氏が再び権力を掌握しつつある中国の動静を注視する一方、その毛氏の権力維持を願うという事情を映し出している。【篠田航一】

台湾もしたたかなんですな。さすが今まで存続し続けているだけあります。いや応援したいんですけど。