2013/06 のイラン大統領選に向けて書いてみる。

まずアフマディネジャド大統領は3選不可のため次回の選挙には出れません。前回のイラン大統領選は2009/06/12に行われたわけですが、選挙結果をめぐって当選と言われた強硬保守派(と欧米にレッテル貼られてるだけかもしれませんが)のアフマディネジャド氏(選挙前にはこんなエントリを書きました)と、不正を理由に敗北を認めない穏健保守派(改革派といわれることもありました)のムサビ氏派のラフサンジャニ氏が争い、最高指導者であるハメネイ師を動かそうとする事態になりました。

2009/06/25
イラン騒乱 ハメネイ師とラフサンジャニ師が支持奪い合い

実はラフサンジャニ氏についてはよく知りませんでしたが、上のすぐ後の記事
2009/06/30
<イラン>ラフサンジャニ氏の動向焦点 支持の改革派に距離

 【テヘラン春日孝之】イラン大統領選の開票不正疑惑で、護憲評議会が29日、保守強硬派のアフマディネジャド大統領の「再選」を最終確認したことにより、抗議運動を続けてきたムサビ元首相ら改革派は合法的な対抗手段を失った。こうした中、注目されるのは、ムサビ氏を背後で支援してきたとされる体制の重鎮ラフサンジャニ元大統領(74)の動向だ。

 ラフサンジャニ氏は、開票直後に始まった改革派の抗議行動の中で沈黙を守ってきたが、27日、護憲評議会の結論に従うべきだとする立場を表明。再選挙を断固求めるムサビ氏と距離を置いて「事態収拾に乗り出したのでは」との観測も流れた。ムサビ氏は30日、自らのウェブサイト上で護憲評議会の決定に抵抗する姿勢を改めて強調した。

 ラフサンジャニ氏はイスラム革命(79年)の最大の功労者の一人で、国会議長、大統領(89〜97年)を歴任。最高指導者ハメネイ師に次ぐ体制ナンバー2の実力者とみられてきたが、05年の大統領選でアフマディネジャド氏と争って敗れた。体制の強硬派支配に危機感を募らせ、今回の大統領選ではアフマディネジャド氏の再選阻止を目指し、「黒衣」としてムサビ氏を支援したとみられている。

 アフマディネジャド氏は選挙期間中のテレビ討論で「ラフサンジャニ氏一族の金権腐敗」をやり玉に挙げ、ムサビ氏らを背後で「操っている」と指摘。「改革派を含む穏健派勢力つぶし」とみたラフサンジャニ氏はハメネイ師に異例の公開書簡を送り、「手遅れにならないうちに適切な対応を」と求めた。

 一方、ハメネイ師はこれを黙殺したうえ、選挙後の演説で大統領支持を表明し、ラフサンジャニ氏と一線を画す姿勢を明確にした。改革派による一連の抗議行動のさなか、治安当局は同氏の親族5人を一時拘束するなど圧力を強めた。

 だが、ラフサンジャニ氏は現在、最高評議会議長に加え、最高指導者の罷免権を持つ専門家会議の議長でもある。改革派のある評論家は「ラフサンジャニ氏は究極の現実主義者だ。体制の安定を考えて、ひとまず事態の沈静化を図った上で、強硬派への切り崩し策を模索するのでは」と分析する。

2009/07/17
の頃には、改革派に1万人の支持者がいたとのことでした。
ムサビ支持者1万人超がデモ=「中国に死を」のスローガンも−イラン

2009/08/02
<イラン>「大統領選不正なかった」デモで起訴、法廷で一転

 【テヘラン春日孝之】6月のイラン大統領選後の抗議行動に関与したとして起訴された改革派を中心とする反対派要人は、1日に始まった裁判で相次ぎ「選挙に不正はなかった」と証言した。約100人の被告は体制転覆の罪に問われており、最高刑は死刑だ。今回の裁判で「混乱の幕引き」を目指す当局に対し、反対派は「(当局が筋書きを演出した)ショーだ」と反発を強めている。

 ◇幕引き図る当局…「バカげたショー」改革派は反発

 起訴状によると、騒乱(抗議行動)は三つの改革派政党が主導して事前に計画したもので、外国NGO(非政府組織)から資金を得て、(東欧で起きた民衆による)「ビロード革命」を参考に実行に移した、とされる。

 選挙で敗北した改革派ムサビ元首相など反対派は「大規模かつ組織的な不正」を主張、数十万人規模にも及んだ抗議デモにより、保守派が実権を握るイスラム体制は革命(79年)以来最大の危機に陥った。

 法廷で、改革派ハタミ前政権時代の副大統領アブタヒ氏は「他の改革派リーダーと共に騒乱を扇動するための準備をした」と告白。ファルス通信によると、アブタヒ氏はムサビ氏について「不正があったと思い込む妄想家」と表現、「不正」という言葉は市民を抗議行動に駆り立てるための「隠語のようなものだった」と述べたという。

 アブタヒ氏は閉廷後の会見で「最高指導者ハメネイ師が選挙結果について(反対派の主張を認めて)後ずさりしていたら、イランはアフガニスタンイラクと共に混乱のトライアングル(三角形)を形成することになった」と指摘し、ハメネイ師の対応を称賛した。

 これに対し、ムサビ氏を背後で支援してきた保守穏健派ラフサンジャニ元大統領が議長を務める最高評議会は1日の声明で、自白の強要を示唆し「(アブタヒ氏の証言は)うそだ」と反発。改革派政党の一つは自らのウェブサイトで「最低レベルのバカげたショー」とこき下ろした。

 改革派ウェブによると、アブタヒ氏は1カ月半の拘置中に体重が18キロ減少、弁護士との接見もできないという。イランでは国家安全保障に反する犯罪の最高刑は死刑だが、革命防衛隊系のファルス通信は同氏の最高刑は「最大で禁固5年」と伝えており、当局との裏取引の可能性も指摘されている。

 一連の混乱で2000人以上が逮捕されたが、既に大半が釈放され、裁判は「重大犯」とされた約100人が対象。いつまで続くかは不明だ。

裁判は進み、上のアブタヒ氏と、ナバビ元国会副議長は共に禁固6年、また
2009/11/27
までに、5人が死刑判決となりました。
イランの元国会副議長に禁固6年の判決 大統領選後のデモに参加

改革派への包囲網は徐々にせばまっていきます。
2009/08/18
イラン改革派キャルビ師の新聞に発行停止処分

イラン革命の指導者のホメイニ師の孫も改革派ムサビ元首相を支持した事が原因で演説が妨害で中止に追い込まれたそうです。

ホメイニ師孫の演説妨害 イラン
 イランの首都テヘランで4日開催された革命指導者・ホメイニ師の死去から21年の式典で、同師の孫ハッサン・ホメイニ師の演説を聴衆が叫び声で妨害し、中止に追い込む一幕があった。この式典は毎年開催されているが、同師の演説が妨害されるのは異例。

 改革派のウェブサイトなどによると、同師は昨年6月の大統領選で改革派のムサビ元首相を支持したとされる。再選した保守強硬派のアフマディネジャド大統領の支持者が、演説を妨害したとみられる。

 国営イラン放送の映像では、ハッサン・ホメイニ師が演説を始めて間もなく、聴衆が「ムサビに死を」「偽善者に死を」などと叫んで妨害した。

 これに先立ち、アフマディネジャド氏が演説し、反政府集会を計画する改革派に「体制に歯向かう者は生き残れない」と警告した。(共同)

これはあまり関係ないかもしれませんが、アフマディネジャド大統領の息子とマシャーイー(モシャイ)副大統領の娘は2008年4月に結婚しているのですが、マシャーイー副大統領を批判した人が解任させられたりしています。
2011/01/05
大統領顧問14名が解任 (Jam-e Jam紙)

またアラブの春に触発されたらしきデモで、ムサビ氏は拘束キャルビ師は軟禁となります。
2011/02/11
イラン当局、改革派ウェブサイトを遮断 支持者ら拘束
2011/02/15
首都で数千人デモ=反体制指導者の自宅封鎖―イラン
2011/02/22
元国会議長の息子拘束 イラン治安当局

2012/09の時点ではムサビ氏もキャルビ師(カルビ元国会議長と同一だと思うのですが)も釈放されていないようです。

来年6月14日に大統領選=保守派同士の争いか―イラン
 【カイロ時事】国営イラン通信によると、イラン内務省は7日、大統領選の投票を2013年6月14日に実施すると発表した。大統領の任期は2期8年に制限されており、現在2期目のアハマディネジャド大統領は出馬できない。

 大統領選は地方選と同時実施される。アハマディネジャド氏が再選された前回09年6月の大統領選では「不正疑惑」を受けて大規模な抗議デモが起きた。改革派指導者ムサビ元首相とカルビ元国会議長が事実上の自宅軟禁下に置かれるなど、改革派は弾圧で力を失っており、保守派同士の争いとなりそうだ。

その後、有力者だったラフサンジャニ師はポストを失います。
2011/03/08
イラン保守派、政敵放逐…ラフサンジャニ師退任

 【テヘラン=久保健一】イランの最高指導者選出機関「専門家会議」は8日、議長(任期2年)に、体制を支配する保守強硬派勢力が推すイスラム法学者モハンマドレザー・マハダビカニ師(80)を選出した。

 イラン国営通信が伝えた。

 マハダビカニ師自身は保守穏健派だが、2007年から議長を務めていた元大統領のラフサンジャニ師は退任が決まり、改革派勢力は体制内で唯一保持していた有力ポストを失ったアフマディネジャド大統領ら保守強硬派は、最大の政敵放逐に成功した形だ。

 ラフサンジャニ師は05年の大統領選でアフマディネジャド氏に敗れ、09年大統領選では改革派のムサビ元首相を支持して保守強硬派勢力の批判を浴びた。

 一方、改革派ニュースサイト「カラメ」によると、改革派支持者約数百人が8日、テヘラン中心部の広場に集まり、「無言」の反政府デモを行った。改革派は、2月中旬以来4度目となるデモを呼びかけていた。

ていうかラフサンジャニ氏は不出馬だったようです。

イラン新議長に保守穏健派 ラフサンジャニ氏は不出馬
新議長に選ばれた保守派穏健派の有力者マハダビキャニ師(2010年2月23日撮影)=AP

 イラン最高指導者の任免権がある専門家会議(定数86)の新議長に保守派穏健派の有力者マハダビキャニ師(79)が8日、選ばれた。イランのメディアが報じた。最高指導者ハメネイ師、保守強硬派アハマディネジャド大統領の政敵である保守穏健派重鎮の前職ラフサンジャニ議長は出馬せず、体制内での同派の影響力低下が明らかになった。今後、ハメネイ師や大統領ら保守強硬派の内外に対する強硬姿勢が強まる可能性もある。ハメネイ師の後継を選ぶ可能性もある重要ポストだけに、選挙の行方が注目されていた。マハダビキャニ師は81票中63票を獲得した。

 ラフサンジャニ前議長は1989年から2期8年、大統領を務めた。国会と護憲評議会の調停に当たる最高評議会の議長も務める。アハマディネジャド大統領から「親米派」の象徴と批判されていた。(共同)

ちなみにマハダビカニ(マハダビキャニ)師の名前はその後見当たりませんニュース系 サーチエンジン(News & blog search engine)マハダ 専門家会議 イラン

これで体制固めは万全かのように思われますが、このような記事がありました。
<イラン>大統領、孤立で影響力低下 最高指導者とも対立

 【テヘラン鵜塚健】イランのアフマディネジャド大統領が国内の権力構造の中で孤立を深め、影響力を低下させている。閣僚人事などを巡り「独走」する大統領に対し、最高指導者ハメネイ師が「待った」をかけ、両者の対立が深刻化。これをきっかけに宗教界や国会内の大統領への反発が強まっている。イラン政界の混乱加速は、核開発問題や民主化などさまざまな課題の解決も遠ざけそうだ。

 4月中旬、大統領はハメネイ師に近いとされたモスレヒ情報相を解任した。だが直後にハメネイ師が異議を唱え解任は立ち消えになった。これを受け、大統領は11日間、閣議のほか公式行事を欠席する異例の抗議に出た。

 さらに5月中旬、大統領は自ら進める省庁再編に絡み、ミルカゼミ石油相を解任。大統領自身が石油相を代行し、6月8日にウィーンである石油輸出国機構(OPEC)総会に出席すると発表したが、ハメネイ師に近い宗教指導者らで作る護憲評議会が「代行は違法」と断じた。

 最高指導者を権力の頂点とするイランでは、シリアやイエメンなどアラブ諸国のような大統領による独裁は不可能だ。最高指導者と衝突する大統領に対し、宗教指導者からの反発も強まり、大アヤトラ(高位聖職者)のユセフ・サネイ師は毎日新聞に「大統領はイスラムの教えからも、国民からも遠ざかっている」と非難した。

 イランでは今年2月以降、ムサビ元首相ら改革派による反政府デモが散発したが、政府はこれを強硬に弾圧。改革派を抑え込んだ大統領は、閣僚人事の刷新で保守派内の「身内固め」を加速させたい考えとみられる。

 背景には来春の国会議員選挙、13年の大統領選を視野に入れた主導権争いがある。大統領は現在2期目で、法律上3選は不可能。「子飼い」のマシャイ前大統領府長官を後任に担ぎ、背後から影響力を行使したいのだ、との見方がもっぱらだ。

 国会での大統領批判も激しい。ラリジャニ国会議長ら反大統領派の議員216人(定数290)は4月下旬、大統領の姿勢を非難する声明を出した。また、支持母体とされた革命防衛隊も「大統領から距離を置き始めた」(同隊中堅幹部)との情報もあり、大統領周辺がざわついている。

 イランでは民主化に課題が残る一方、核開発問題による相次ぐ制裁で、国内経済の疲弊が進む。ある外交筋は「大統領のレームダック(死に体)化が進む一方で、反大統領派も一枚岩ではなくバラバラ。事態は深刻だ」と指摘し、政界の混迷が内政、外交に与える影響を懸念する。

 ◇08年から対立繰り返す

 【テヘラン鵜塚健】アフマディネジャド大統領と最高指導者ハメネイ師の関係は、従来たびたび亀裂が取りざたされてきた。08年、大統領の親戚でもある当時の副大統領マシャイ氏が、イランが敵視するイスラエルの国民について「イランの友人だ」と発言。ハメネイ師がこれを事実上非難してマシャイ氏の解任騒ぎにも発展した。この時、大統領はマシャイ氏を擁護し、最高指導者に盾突く格好となった。

 09年6月の大統領選では、アフマディネジャド大統領が大差で勝利したとする開票結果に対し、改革派から疑義を指摘されたが、ハメネイ師が直後に結果を支持。一時はハメネイ師の中立性が疑われ、「大統領寄り」との見方も出た。しかし、大統領がその後、マシャイ氏を筆頭副大統領にしようと画策。ハメネイ師がこれを阻止したため再び衝突した。

 大統領は「ハメネイ師は父のような存在だ」と繰り返し、ハメネイ師に近い反大統領派の懐柔にも利用してきたが、両者の溝の深さは公然の秘密だ。

で、ハメネイ最高指導者ですが、2012/07にこのような記事があります。長文ですしここは記事消えないと思うので、気になるところをコピーすると、
ハーメネイー最高指導者「敵の圧力によってイランの考え方が変わることはない」 (Mardomsalari紙)

 もしイランが柔軟性を見せたり、後退したりしようものなら、敵はあらゆる口実を使って、これまで以上に厚顔無恥な振る舞いに出るだろう¨¨。ハーメネイー最高指導者はもう一つの真実としてこう指摘し、その実例を挙げている。「悪の権化と言えるような人物によってイラン・イスラーム共和国が悪の枢軸に加えられてしまったのは、われわれの責任者たちが西洋・アメリカにへつらうかのようなレトリックを使っていた時のことだ」。

※訳注:ハータミー政権時代に「改革派」が欧米に対して融和的な姿勢を示していたにもかかわらず、ブッシュ政権によってイランが悪の枢軸に加えられてしまったことを指す。

 同師は核問題においてある程度の「後退」が行われた時期のことについて触れ、「当時西洋諸国に対して同調姿勢を示し、後退してしまったことが、彼ら〔=西洋諸国〕をつけあがらせてしまい、そのために私自身が個人的に問題に介入せざるを得なくなってしまった」と指摘した。

※訳注:「核問題における後退」とは、IAEAに抜き打ち査察を許可する「追加議定書」への調印をめぐって、イランが英仏独三カ国と2003年に暫定合意したことを指す。その後、ウラン濃縮活動の取り扱いをめぐって、合意は撤回された。

ハメネイ最高指導者がこう言っている以上、この選挙の結果にかかわらず強硬姿勢は続きそうな気がしますが。

で、立候補の届出ですが、ラフサンジャニ元大統領が出馬するという事で、改革派は団結するようです。

イラン大統領選、元大統領出馬で改革派結集へ

読売新聞 5月12日(日)21時54分配信

 【テヘラン=酒井圭吾】6月14日投票のイラン大統領選で、改革派に近い保守穏健派ラフサンジャニ元大統領(78)が立候補を届け出たことで、衰退していた改革派は息を吹き返し、元大統領支持で結集する動きをみせている。

 「自分を選ぶか、選ばないか。国民にはその権利がある」。届け出後、元大統領は、出馬が国民に選択肢を与えるものだとの認識を示した。改革派のグループは11日夜、会議を開き、元大統領支持で一致。改革派の重鎮ハタミ元大統領も「改革派は全面的に支持する」との声明を出し、結集の動きは加速している。

 イラン大統領選は従来、対外強硬路線の保守派と、国際社会との調和を図る改革派で争われたが、2009年の前回選挙後、当局は大規模デモを起こした改革派を粛清。今回、最高指導者ハメネイ師に近い保守派内の戦いとみられていた。

最終更新:5月13日(月)0時6分

下の記事によると立候補者に関しては最高指導者ハメネイ師が実験を握る護憲評議会が審査を行う(前回それで立候補できなかった人もいたと思います)。で、保守強硬派のアフマディネジャド大統領支持者(前出のマシャイ氏?)が承認されない可能性があるように書いていますが、改革派は大丈夫なんですかね。

イラン大統領選、686人が立候補届け出

CNN.co.jp 5月13日(月)11時23分配信

(CNN) 6月に実施されるイラン大統領選の立候補受け付けが締め切られ、国営テレビによると計686人が立候補を届け出た。

立候補を届け出たのは、アフマディネジャド大統領が推す側近のモシャイ氏、元大統領のラフサンジャニ氏など。これまで2期を務めたアフマディネジャド大統領は、連続3選を禁じる規定のため出馬できない。

専門家によると、モシャイ氏はアフマディネジャド大統領の後継として対外強硬路線を保ち、宗教指導部と距離を置く姿勢も共通する。

ただ、立候補者については最高指導者ハメネイ師が実験を握る護憲評議会が審査を行うことから、アフマディネジャド大統領を支持する「逸脱派」の候補者は承認されない可能性があるという。

一方、ラフサンジャニ氏は1989〜97年に大統領を務めアフマディネジャド大統領に対しては対立姿勢を貫いてきた。2009年の大統領選後には、政権が野党の抗議デモを武力で弾圧したと批判、国民には平和的な抗議運動を行う権利があると訴えていた。

ま、こんなところじゃないかと思います。